佐々木淑子詩集
『母の腕物語 増補新版―広島・長崎・沖縄、そして福島に想いを寄せて』
佐々木淑子さんの言葉は、とてもシンプルで分かりやすいが、この世のものとは思われない遥かな前世か遠くの未来から、訪れてくる不思議さを感じさせる。一言で言えば天使が忍び込んでくる透明感とでも言える瞬間なのかも知れない。(解説より 鈴木比佐雄 詩人・評論家)
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栞解説文:鈴木比佐雄 |
A5判/136頁/ソフトカバー ISBN978-4-86435-142-3 C1092 ¥1500E |
定価:1,620円(税込) |
発売:2014年2月6日
【目次】
序詩 水鏡の星
Ⅰ
地球はでっかいキャンバスだから
シーラカンスの涙
ヒマラヤのアンモナイト
メソポタミアの早鐘
光合成
Ⅱ
見つけて下さい(火の精のアリア)
影だけのあなた
あさがお
愛 1 引き潮
2 満ち潮
向日葵
八月のひぐらし
Ⅲ
母の腕物語
PARTⅠ ヒロシマ 炸裂の中を渡る
PARTⅡ ベトナム 戦火の中を渡る
PARTⅢ ヨコハマ 灼熱の中を渡る
Ⅳ
チビチリガマを抱きしめよ
暗黒の闇
花は見ていた
みずいろのほほえみ
ボブ、うそよね?
赤い風
Ⅴ
赤子のそばに林がある
ぼくのおとうと
おねむの国の子守歌
少女と冬木立
朝
Ⅵ
シロツメグサの約束
道
籾の歌
地上の虹
あとがき
略 歴
「母の腕物語」
PARTⅠ ヒロシマ
炸裂の中を渡る
1
その朝
まだヨチヨチ歩きだったという私が
おとうさまのお古の甚兵衛をひきずって
チョコリコ チョコリコ
家の外へ飛び出したんじゃと
なんにも知らんと
「これ、これ、おまちんさい」と
おかあさまは笑いながら
追いかけていきんさったんじゃと
なんにも知らんと
おじいさまも また
土間の敷居に腰かけて
笑いながら その追いかけっこを
見ていさったんじゃと
なんにも知らんと
ふつうの夏の朝らしく
つゆ草に朝つゆがとまり
ふつうの夏の朝らしく
太陽がそれをキラめかしていたんじゃと
誰も なんにも知らんかった
まさか
別の太陽が落ちてこようとは
いったい なにがおこったのか
ようわからんかった
ようやっと瓦礫の中からはいだした
おじいさまが見たものは
ザクロのようにパックリと割れた
おかあさまの背中だった
そのおかあさまの下から
おとうさまの甚兵衛がのぞいとったものだから
「こんなに子をかぼうて」と
おこりんさったんじゃと
「こんなに子をかぼうて」と
泣きんさったんじゃと
おこりながら
泣きながら
おかあさまと私の皮膚がからだのあちこちで
ひっついておったのを
はがしんさったんじゃと
この世で一番悲しい音がしたそうな
ところが
かぶさった おかあさまの下で
私が命の脈を打っていたものだから
おじいさまは おもわず
「ウォーッ!」と
けもののような
うなり声をあげ
まるで 今 その時
私が生まれ落ちたばかりの赤子のように
高々と持ち上げさったんじゃと
2
おかあさま
あれから
おじいさまにも私にも
からだのあちこちにピカの証しが現れ
紙きれ一枚で連れていかれたおとうさまも
紙きれ一枚になってもどってきんさった
けれど
おかあさま
おじいさまも私も
せいいっぱい生きとるよ
おじいさまは
いっつもいいさるんよ
おかあさまが背中で受け止めて下さった
ピカの重さとくらべたら
からだに持ちきれんほど石を抱いて
太田川に飛び込んでも
仕様もなかろうと
だって
おかあさま
私のケロイドには
おかあさまの皮膚もまざり込んでいるじゃろ
おかあさま
あの日
空中分解した広島の町も
今はビルが建って人があふれとるよ
おかあさま
あの日
人間の熱で煮えたぎった太田川も
今はすっかりさめて
コーラの空き缶が流とるよ
腕、
腕、
腕、
腕、
母の腕、
子供をかばう母の腕、
母のいとしき腕物語